2023年01月26日 (木)

賃金支払い5原則の新展開

労働基準法第24条には、労働者への賃金の支払い方が定められており、
一般に「賃金支払いの5原則」と呼ばれています。

すなわち、
①通貨払い
②直接払い
③全額払い
④毎月1回以上
⑤一定期日払い
の5つです。

この基本的な原則が、経済のデジタル化と国際化により、
揺らぎ始めていると言われています。

デジタル化については、通貨払いの原則の例外として、
労働者の同意の下、銀行口座への給与振り込みが認められていましたが、
令和5年4月より、PayPayのような資金移動業者への振り込みも、
一定の条件の下、認められる方向です。

国際化に関して申せば、最近では「越境リモートワーク」、
すなわち日本企業と雇用関係を有していながら、
海外でIT機器を使って役務提供するケースが増えています。
その場合、当該社員への給与の支払い方が問題となり得ます。

越境リモートワークの場合、そもそも労基法が適用されるのかという論点がありますが、
日本に所在する企業と雇用関係がある以上、
原則として適用されるというのが多数説になっています。
(東京大学・水町勇一郎教授など)

しかし、ケースによっては、条文をそのまま適用するのは、
かえってその趣旨にそぐわず、個別の視点が必要になってきます。

 

A.日本企業→日本の口座
社員の持つ日本の銀行口座に、毎月一定期日に日本円で振り込む場合は、
上記5原則に抵触せず、労基法第24条は遵守されます。

一方、社員は、振り込まれても、居住している国の現地通貨に交換した上で、
現地の口座に送金せねば、生活ができません。
手間とコスト、為替リスクを社員に負わせることになってしまいます。

 

B.日本企業→海外の口座
社員が海外に持つ口座に、現地通貨で振り込む場合は、日本円でないので、
通貨払いの原則に反しないか、という論点があります。

しかし、この原則は、換価にも不便な現物給与を禁じたものと解すべきであり、
この原則の適用はないとされます(厚労省労基局編「労働基準法(上)」労務行政刊2022など)。

ただし、実務的には、金融制裁によりロシアの銀行がSWIFT網から排除される、
従前から中国本土への送金は困難など、
必ずしも簡単ではないことに留意する必要があります。

 

C.海外拠点→海外の口座
社員が居住する国に、日本企業の拠点(現地法人等)がある場合、
当該拠点から現地通貨で、社員の海外口座に振り込む方法もあります。

この場合、海外拠点が日本企業の支払事務を受託したのみで、
賃金が社員の手に渡るまで日本企業の賃金支払義務が消滅しないのであれば、
直接払いの原則に抵触しないと考えられるでしょう。

ただもちろん、日本企業が海外拠点にその金額を補填しない場合は、
税務リスクが発生することになります。

 

そもそも、賃金を現金で手渡ししていた時代の規定がそのままであることに問題があるとも言えますが、
実務においては、法令違反とはならない形で、適切な対応が求められます。

 

 

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≪2023年1月1日発行 マロニエ通信 Vol.239より≫
https://www.arcandpartners.com/info/maronie