2018年08月02日 (木)

日本人は時間にルーズ!? コスト意識の低さが長時間労働の原因か

自分自身のコストについて考えたことがありますか?

経営者ならば当然意識していることと思いますが、

ここでのコストは「自分にかかる費用=自己コスト」のことです。

 

私は仕事柄、他社のイベントや会議に出席することが多々あります。

その場合、相手側は私にかかるコストを計算し、決まった報酬や時間の範囲を超えてはならないと考える。

一方、社内の人間を集めた会議となると、自己コストは意識しにくくなります。

例えば、一人1時間当たりを1万円と仮定して、10名が出席した場合、

その1時間の会議コストは10万円になります。

その会議のテーマは10万円の価値があるものなのか、10万円かけて決めるべき内容なのか。

現実的に、そこまでのコスト意識を持って会議を設定することはどれほどあるでしょうか。

 

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外国人は日本人を見て「時間に正確な国民性」を感じるそうです。

それは、電車の出発時間が正確であったり、

お店が開店時間ちょうどに開いたりすることからのようですが、

いざビジネスの場を見ると、「正確性はスタート時間に限ったことだったのか

と揶揄されることがあります。

会議の開始時間は守らなければならないのに、なかなか終わらない。

始業時間には必ず会社にいなくてはならないのに、定時には帰りにくい。

本来、時間に正確というなら、始まりも終わりも守るべきものなのです。

無駄な時間を使えばコストがかかる、そして人の時間を奪うことにもなります。

 

ここで最初の問いに戻ります。

自分にかかるコスト(=自己コスト)について考えたことがありますか?

会社は、一人の従業員を雇うために給料はもちろんのこと、

社会保険や雇用保険など様々な費用をかけています。

まずは個人個人がこの点を正しく認識しなくてはなりません。

 

働き方改革で労働時間を短縮しようとして、さほどの苦労なく短くできたとすれば、

それは元々の時間の使い方が間違っていたと考えるべきでしょう。

怠惰にこなしていた仕事が早く終わったとしても、それは改革ではありません。

時間管理に手を付けただけの話です。

 

つまり、自己コスト意識を高く持つことによって、時間に対する意識も高まる

会議が延びたらいくらコストが増えるのか、残業にはどんな費用がかかっているのか、

具体的に考える癖を付けることで、本質的な意味での「時間的裁量権」を持ったワークスタイル実現できるのです。